エディ・コクランとビートルズ

エディ・コクラン。

この人物を知ったのは、高校生の時。
同じ柔道部のMくんちでのことだ。

彼は、布袋ファンで、「この カモン・エヴリバディの原曲が、これなんだよ。」と一枚のCDを差し出した。
そこに書いてあったのはエディ・コクラン。


正直だれ?っておもったし、「カモン・エヴリバディ」かけてもらっても、当時の僕には、古臭い曲にしか聞こえなかった。
でもなんか気になり、宇都宮の新星堂で、CDを買った。

そのころかなぁ。RCのカバーズを入手。
そのなかで、パンチの聞いた曲があってびっくりした。

そう。「サマータイムブルース」である。
なんだこれはwっておもっているうちに、好きなバンドであった、ウルフルズがカバーしていて。

あれ、エディ・コクランってすげぇんじゃね?
って思いはじめた。

当時は、インターネットもいまほど普及しておらず、情報といえば雑誌しかなかった。
それでも、ビートルズオタクになり始めていた僕は、THE WHOを知る。
なにやら、その本によれば「ライブ・アット・リーズ」とかいうのが、名盤らしい。

そこでも、いたよ。w サマータイムブルース。

同じ頃、TSUTAYAで、ウッドストックの映画をレンタル。
動くTHE WHOをはじめてみた。

それ以来、THE WHOのファンである。
ま、WHOの話はまた、後日。

その頃、ビートルズのアンソロジーが放送。
なにやら、ビートルズ結成秘話にも、エディ・コクランが絡んでるらしいと。

1957年7月6日、ウールトンのセントピーターズ教会の野外バザー会場で行ったコンサートで、共通の友人アイヴァン・ヴォーンの紹介によりポール・マッカートニーと出会う。ポールはその場でギターを弾きながらエディ・コクランの「トゥエンティ・フライト・ロック(Twenty Flight Rock[2])」、ジーン・ヴィンセントの「ビー・バップ・ア・ルーラ」、それにリトル・リチャードのメドレーを歌う[3]。完璧に歌詞を覚えていることに加え、ドラムやピアノなどあらゆる楽器を演奏しこなすポールの腕を見込んだジョンは、数日後にポールをクオリーメンに勧誘する。ポールは翌日に承諾、10月にクオリーメンとしての初のステージを踏む[4] 。ジョンはリヴァプール・カレッジ・オブ・アートに入学。

 
クオリーメン Wikipedia



エディ・コクランがいなければビートルズは、ある意味なかったかもしれない。
そして、なにより、21歳の若さで亡くなったエディ・コクランの才能が、本当に惜しまれる。

他にもバディ・ホリーや、リッチー・ヴァレンス等の話はまた、後日。

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